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【感想・考察】ナイン・ストーリーズ ―笑い男―

攻殻機動隊でもおなじみ笑い男

すっごいメタファーだらけだよ~~といろんな記事で読んだ通り、一回読んだだけはほんっとに意味がわかりません。

このお話は男女の恋愛と別れを描いたものですが、ほとんどを団長の創作ストーリー「笑い男」が締めています。(主人公、つまり話の進め手は別の少年)

これはアメリカ先住民の知識がなければ読み進められませんね。

 

以下、考察です。

 

 

 

笑い男とは

恐らくモデルは団長。笑い男は端的に言うとめちゃくちゃ不細工で、特に笑った顔は見たものを失神させるそうです。

そして団長の特徴からみるに彼はネイティブ・アメリカンの血筋。1928年と年代がはっきり明示されていますが、この時代、アメリカでは同化政策の真っ只中。

つまり、インディアンは激しい差別の中にいたわけです。それがこの顔の表現。インディアン=醜い存在である。

そして笑い男はその顔を隠すため、芥子(つまりアヘン)の花で顔を覆っています。この花はイメージがつきやすいかもしれませんが、イギリス・フランスなど欧米諸国のことを指すでしょう。(アヘン戦争なんか有名ですよね)

同化政策とはインディアンを欧米の人間に強制的に教育し直すこと。この教育が団長にも施されたことを意味します。

生きるために上っ面は欧米人だけど、本当の自分はネイティブ・アメリカンである。この葛藤を団長は抱えているわけです。

そして「笑い男」にこれでもかと共感を寄せる団員たち、恐らく彼らもネイティブ・アメリカン系の子どもたちかと思われます。

他にも団長の話す「笑い男」と「同化政策」は通づる所が多々あります。

これ以上突っ込んでもキリがないのでここはこの程度で。

 

突如登場するメアリは何者?

彼女の身体的特徴は美人である以外に特段説明がありません。しかし、彼女はいつも香水のいい匂いがしたり、ビーヴァー・コートを着ていたり、いいとこのお嬢さんで、恐らく雰囲気的に白人系なのかな。あくまで身体的特徴がないので想像ですが。

 

最初はいつも団員たちだけで遊んでいた野球に見ず知らずの女が入ってきて、やっかんでいた主人公たち団員。しかし彼女はいい意味で空気を読まず、コマンチ団に馴染んでいくのです。

 

団長が、メアリと会う日は身なりを整えている、メアリも家に(たぶん)嘘をついてまでわざわざ遠く団長のもとまで遊びに来ている。これらの情報を踏まえて、団長とメアリは恋仲にあるといえます。そしてただの恋仲ではなく、秘密の恋仲だったのかな、と予測できます。

 

 

主人公の持っていた蜜柑の意味

メアリとの別れで突然でてくる蜜柑。この流れで蜜柑もなんかのメタファーかなと思い調べました。今は蜜柑(オレンジ)は年中見かけますが、1928年あたりは贅沢品だったみたいですね。

 

そしてポケットから蜜柑を取り出して、それを空中に投げ上げながら歩いて行った。三塁のファウル・ラインの中ほどまで行ったあたりで私はくるりと向き返ると、メアリ・ハドソンを見つめ、蜜柑を握りしめながら、後ろを向き歩き出した。

 

短い間でも楽しかったメアリとの思い出、白人の女性という社会的に相容れない存在と分かち合えた貴重な時間を示していたのが、この蜜柑だったのかもしれません。

 

殺された狼(ブラック・ウィング)

キリスト教では狼は忌み嫌われている存在(恐らく家畜を荒らす害獣的立ち位置)ですが、ネイティブ・アメリカンでは狼=神として崇められています(ネイティブ・アメリカンは狩猟民族のため。ゴールデンカムイと一緒)

 

さて、団長の話す「笑い男」のなかで、狼のブラック・ウィングが殺され、敵側が彼の変わり身として「足を白く染められた狼」を用意するシーンがあります。

 

アメリカで狼は一度絶滅しています。しかし、狼が絶滅したことにより、生態系が崩れてしまった。なので絶滅した狼を半野生的な形で復活させた歴史があります。

これはポジティブな意味にも捉えられますが、自己都合の象徴とも言えます。

同化政策中のネイティブ・アメリカンの彼らからすれば後者の意味のほうが意味合いが強かったのではないでしょうか。

 

この恋物語の背景は

この歴史的背景を踏まえるとただの男女の別れ話ではなく、ロミオとジュリエット的な家柄的・社会的理由により別れざるを得なかったと推測できます。

私が最後にメアリ・ハドソンをまじまじと見たとき彼女は遠くの三塁ベースの近くで泣いていた。団長が彼女のビーヴァー・コートの袖をつかんだが、彼女はそれを振り払った。

 

そして団長が話した「笑い男」のおわり

それから笑い男は自分の仮面を剥ぎ取った。それが彼の最期だった。

 

恐らく彼女と一緒になるには自分のルーツは完全に捨てなければならなかった。しかし彼は死の瞬間は欧米人ではなくネイティブ・アメリカンで居たい。

メアリとは、インディアンと私どっちが大事なの?みたいな会話があったのかもしれません。

団長は前述した狼のように人間の都合で消されたり復活させたりする神経がどうにも許せなかったのではないでしょうか。

 

最後、主人公の団員達が笑い男の死に涙したり、震えたりしたのも自分たちの社会的立場を何となく理解した描写なのかな、と思いました。

 

さいごに

これもあくまでアメリカの歴史の一面であり、批判する意図はないのですが、調べると本当に酷いこと酷いこと。

しかしながら、どこの国にもこういった一面はあり、そこを通ったからこそ今があるのですよね。

 

今私がいるのが、平和な時代と国でよかったとしみじみ思います。

 

 

では、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

《2022.9.1追記》考察内容を修正してます。

《2023.8》誤字修正。ネイティブインディアンってなんやねん(セルフツッコミ)