日がな一日主婦の趣味ブログ

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【補足】叱らない育児と私の変遷

前回の記事のなかで書けばよかった内容なのですが、なにぶん勢いに任せて書いているもので、あとから読み返してイマイチ情報不足感が否めないなあと思いました。

補足という形の追記にしようかと思いましたが思ったより長くなったので、本記事で。

 

叱らない育児って言っても、じゃあ具体的にはどうやってオペレーションをこなしていくかーー叱ることなしに、子どもが人の指示に従うことがあり得るのか。

 

まず、そもそもですが指示に従わせることを前提にはしません。注意はしますが、それで直らなければそのままです。これが叱る育児と叱らない育児の大きな違いでしょう。

例えば食事中にムスコがテーブルに肘をついていたとします。それに対して私は「肘ついてるよ」とは言いますがうちのコはそれを聞いたうえで直さないことは多々あります。

今までの私であれば「テーブルに肘つかないって何度も言ってるでしょ」としつこく直させようしていたと思います。

今は2,3回指摘してみて*1直らなればそのままスルーです。

なにか溢してしまう、汚してしまうも同様。

今までの私「ねえ、なんで溢したの?ちゃんと持ってたの?」

今の私「タオル持ってきて。拭いといて」

これに関してはちゃんとタオルも持ってきて拭いてくれるーー無視されることはないですが、当然その拭き方はとしてはお粗末なもの。あとで私の仕上げ拭きは必須となるものの怒ったりはしません。

これらのことに関して多少の不安があったり気になるのは事実です。まだまだだなあと思って。

でもそこで叱っても訳が分からないまま「ごめんなさい」と言って泣かせるか、怒って癇癪を起こすかの地獄ルートが待っているだけ。

広義的にみればこれらも「叱る」範疇に入っていると思われる方もいるかもしれませんが、でもこれって割と大人と接する時ともう大して変わらないんですよね。

なんなら旦那に対してのほうが叱ることあるかもしれない・・・苦笑*2

 

その観点でいくならば料理中に子どもがキッチンに入ってくるのも苦にはなりません。

何かしら仕事をやっていってはくれるので(本人もそのつもりで来ること多し)。

SNSを見てるとごはん一品最初から最後まで作りきっている子も見受けられますが、うちのコの場合は切るだけ、混ぜるだけ、捏ねるだけ・・・と基本は一つの行程終えれば満足し大体リビングに戻っていって今度は何かしら別の遊びに移ります。

その間で時間は当然押しますが、我が家の場合(夫含め)誰もその点気にする人間はいませんのでのんびり構えています。

遠因だとは思いますが、実家と実質縁を切っているのも今の状態(子を叱らない)を後押ししてくれていると思うのです。今思えば家族と会うときは戦前かな?というぐらい精神が張り詰めるか、ズドーンと心身重くなるかのどちらかでしたから。精神すり減らしてまで関わることがなくなったのは無関係ではない気がする。

 

 

じゃあ外では?他所の人に迷惑かけることあるよね?という疑問点もあろうかと思います。

前回の記事で書いた通り、子どもの遊び場ーーこと公園ではうちの子ははっちゃけてしまうのでいろいろご迷惑もかけているかもしれません。でもそれってよく見ると大人目線というだけに留まる話であって、子ども間では大して気にしてないことも多いです。

なので私自身がまず周りの大人の目を気にしないことから始めます以下略。

 

あとは時間通りに目的の場所に着けるのか。これはこっちが本気で焦れば流石に協力してくれてますかね、今のところ。

その代わり時間がある場合は寄り道可にするというのでバランスはとります。家を出たら必ずそのまま目的地まで一直線ってことはあまりないかも。

 

電車やバス、他閉鎖的空間での話に関しては我が家の場合そこまで困ったことはありません。幼稚園でそのあたりのマナーなどは教えてもらっていると思いますし、スーパーなどはムスコをつれて行く機会もグッと減ったというのも大きいかもしれません。

スーパーで一緒に買物に行くにしても、マナーとしてはスレスレな部分ーー周りの方たちのお心遣い次第な部分は当然あります。例えばムスコは果物や野菜を「重そうだねえ」と言って持ってみたりすることはありますが、私はこれに関しても「触らないで」というのではなく

「そうだねえ。重かった?」と会話するようにしてます。走り出したら「人にぶつかるよ」「歩こうね」で終わりです。

 

やはり叱ることの一番のデメリットは大なり小なりの癇癪です。そうなったらおちおちゆっくり買い物はできません。もしかしたら、「それでいいんだよ」「そんな子どもが悪いんだから」と言ってくれる方もいるかもしれません。

ここで問題なのは「叱る育児のみ」が推奨されているならそれでもよかったのだろうということ。街のアチラコチラで大人の怒号に子ども泣き声、癇癪。これが当たり前ならそれはそれでよかったと思います。

そこから世は令和になり、恐らく今一番の世間様が求めていることというのは

(何でもかんでも叱るのは良くないが)適切に適宜叱ること

だと思っています。そんな個々の価値観にいちいち親が合わせてられるかっちゅう話。

なので私の今のスタンスだと「甘い親だ」「そこはバシッと叱るところだろう」と思う人もいるのでしょう。

ですがもう基本親以上の熱量で親に突っかかる(威嚇する)ようなひとにはノータッチ。こっちの精神衛生上。*3

この先のことーーどう成長するかとか幸せになれるのかとかーーはなってみないとわからない。そこまで親は責任持てん。なので思うことはもっっっと子どもに接してくれる他所の人がいてもいいのになということ。何だかそうすると不審者扱いされしまうという困った世の中ですが、やはり周りの方の助けなしに子育ては本当に無理ゲー。子どもって大人が思っているより、頭がいいのもありますから、心に余裕がないのもすぐ伝わる。これが癇癪の原因になることはほんとに多い。

このへんも「叱る育児」を経たから気づけたというジレンマね。そういう意味では叱るそのものは悪ではないのですよ。

 

なので私が困ったやしんどいときに使う言葉は

「お母さんはね、スーパーマンではないからね」「お母さんにもできなことが沢山あるんだわ」

こう言って日々のタスク達成や親の休息に協力してもらいます。

それに再度強調しますが、本当に幼稚園の存在はめちゃくちゃデカいです。つまり、幼稚園に入っていなければ、うちのコ集団行動ができてたんだとかほか諸々の新しい側面を知ることはなかったからです。

もし自宅保育してたら、私は未だに叱ることは多々あったろうけど、それはそれでしょうがない気がする。なのでそういう意味で幼稚園さまさまですし、一時保育などの活用も充実するといいのになと思ったりもする。親目線では。

 

これで語り尽くしただろうか・・・。またなにか出てきたら追記なりなんなりしていきます。

 

*1:言い方を変えてみたりして

*2:ねえ、なんでそこに置くの?なんでそんな言い方なん?etc

*3:なので、逆に「兄弟いたほうがいいわよ〜」なんかは全然問題なし。「ですよね~」って返す。親の育児ボーダーラインもそれぞれ違うのだ