これはあくまで私の主観かつ私の身近な人間のみに焦点を当てている。ここでいう馬鹿とは親であったり兄弟姉妹でありまた私自身のことでもある。それ以外の人に敵意を向けて書いているわけではないので、ご理解いただければと思う。
さて、私の妹については少し前に記事にした通り。適切に自分の意見や意思や感情の発露さえ未だにおぼつかない。いわば常に他人任せ=他責思考の塊。
つまり消極的な馬鹿なのである。例えば私の家に遊びにくるとする。すると何を喋るでもなくーー話題の提供者にはならず、ひたすら所在なさげに座っている。
かといって話かけても会話のテンポがとてつもなく遅いし、全く持って話の要領を得ない。「なんて言えばいいのかわからない」というのもよくいうが私はお前の代弁者ではない。今3歳の息子に対してであれば、「嬉しかったの?」「悲しかったの?」と当然代弁するけれど、もう数年で30歳児にそこまでやってやれるほど私のキャパは広くない。
そして、私が「夕飯の準備をしなきゃ」といっても「わかった」というだけ。そのまま「帰って」とはっきりこちらが意思表示しないとシレッと夕飯の席にいたりするし、なんならそのまま泊まっていく可能性すらある。
昨日は久しぶりに母親と会った。彼女が私がこれまで見てきた人間の中で一番の馬鹿である。学力的な意味ではない。基本のロジカルが一切通じないのだ。
簡単な例を挙げると
「USJへ確実に年3回以上は行く」という予測がたった場合、99%の人間は年間パスを買う。けれどうちの母の場合は頑固として1dayのパスしか買わない。どれだけこうしたほうが得だよ!と訴えても、理由もなくーーなんとなく1dayパスがいいという理由で損を取る。
この「なんとなく」という彼女の感性はとても問題で、共に暮らしていた約18年間とても苦労した。「なんとなく」が世間に迎合していれば何ら問題ないけれど、基本ズレている。具体例は避けるけれど、そのせいで父親は狂った(と思う)し、職場ではパワハラをして若い職員を辞めさせている。その理由も「人が増えるのが嫌だった」とかいう馬鹿な理由である。父はどちらかといえばロジカルよりの思考を持っていたので、母との相性は最悪だった。なんで結婚できたのか今でも謎である。こんな人間と同じ空間で働いていたり、友達だったりするひとが今もいるのかと思うと可哀想になる。
そして孫が生まれたときはとても喜んでいたので、これを機に何か変わったかと思ったが、なーーーんにも変わっちゃいなかった。
人として悪い人ではないけれどーーまあ産まれたときから悪人なんてどこにもいないのだけれど、良く言えばクセが強すぎるのだ。
こういった人間は善人を病ませる。善人とは私のこと指しているのではない。私はむしろ馬鹿のほう。この親から産まれているから、学生時代は確実に馬鹿の枠にいた。
クラスや部活内で引っ張っていこうと頑張る子、みんなに頼りにされる子、話の中心にいる子ほど、何か病んでいたような気がする。髪の毛ーーに限らずどこかしらの毛を抜いてたり、精神科へ通院していたり、睡眠薬を飲まないと眠れない子がいたり。*1
この子達は知性のレベルーー知識人ということではないーーがそもそも人より抜きん出ていて、言動にも大人っぽさがあった。彼女たちに共通していたのは対話を重要視していたこと。挨拶をしてくれるのはもちろんのこと、話していて楽しいし気持ちがいい。
それは彼女たちが基本的にこちらに気を使って話していたからにほかならない。そしてガス抜きをしてグループが円滑に回るよう計らってくれいた。もちろんこのことに気づいのは最近になってから。学生時代は「こんな自分と話してくれるなんていい人だなあ」ぐらいに感じていた。
そう、馬鹿は自分のことに精一杯で広い視点で見る能力が極端に低い。逆も然りだけれど。自分の言動が今の共同体にどういった影響を及ぼすのかがわからないのだ。
こうして人に優しくできる人間ほど馬鹿に気を使いすぐに病んでしまう。
私は子を育てながら、自分のことしか考えられない馬鹿を2人もフォローするのは無理だと悟った。
私は残念ながら優しくはないのだ。
追記:その後、妹に会う機会があったので「一度私に頼らず自分だけの意思で今後のことを考えてほしいこと、そのほうが必ずあなたのためになること、仕事等の相談は受け付けないこと」を話した。すると、彼女はこわばった顔で「なんで絶縁するようなこと言うの?」という。いつもならわかってんのかわかってないのかヌボーっとした調子で「あーそうだねー」「わかったー」とでも言うところである。
ゆえにこれには驚いた。私は絶縁なんて一言も言っていないが確かに伝えたいことはそういうこと。上記であげた例とは打って変わってこちらの意図を的確に読んできた。これは彼女の生存本能に関わる部分だったのだ。彼女は馬鹿のふりをしてずっとこちらに依存するつもりだった。しかも更に厄介なことは本人にはそのつもりは全くないということだ。自分には正常な意思決定能力があると本気で思っている。ならば「意思決定ってなにか本当にわかってる?」と更に突っ込んだ問を与えてみると途端に理性を失い感情的になる。なぜか?図星だからである。そして「私は傷つけられた」という問題にすり替えるのだ。これは恐ろしいことだ。もしこのまま妹に付き合う日々が続いていたら私は息子や夫を犠牲にしかねなかったろうと思う。
*1:なぜ私がそんなセンシティブな個人情報を知っているかというと、彼女たちはそれすらネタにして話してくれるからである