エズミに捧ぐは話のメリハリ(というか落差?)がしっかりしていて、なによりここまで読み進めてくるとなんとなくサリンジャーの傾向も掴めてくる分、読みやすく感じました(あくまでなんとなくですけどね)
愛と心の傷
ノルマンディー上陸作戦に行く直前、エズミという少女と知り合う「私」
一緒にお茶を飲みながらの楽しいひとときからエズミ達と別れて一転、戦後の話に飛びます。ノルマンディー上陸作戦は成功。兵士たちは歓喜しているかと思いきや、曹長X(=主人公である「私」)や他の仲間もPTSDとなっている。光を嫌い、タバコの火をつけることすらままならない。仲間の言っていることも支離滅裂である。
おお、神よ、人生は地獄である
辛いとか悲しいとかそのようなレベルではなく、人としての何か重大な機能がボロボロになってしまった兵士たち。これはもう取り返しはつかないのでしょうか。
たまたま手に取った小包がエズミとからのものと気づく曹長X。
中にはエズミが出会った当時身につけていた父の形見の時計と、曹長Xの無事を祈る手紙。手紙なかのエズミ、そしてその弟チャールズは出会ったころのまま。
ここで彼が何を思い、感じたか。
エズミを最初見たときの教会での歌声。喫茶店での温かいお茶やトースト、エズミとの他愛ない会話、チャールズのしょうもないなぞなぞ。
きっと心身ともに無傷だったときの自分が思い起こされたのではないでしょうか。
戦争へ行く直前でたまたま知り合っただけのアメリカ人(エズミはイギリス人)にここまでの手紙と父親の形見を送ってくれたエズミ。いい子だなあ。
直前に読んでいた曹長Xの兄からは彼の身を案じるような手紙ではなかった(本人が最後まで読まなかったので真偽は不明ですが)ので余計に。
お身体の機能がそっくり無傷のままでご帰還なさいますように
戦争へ向かう前、エズミが「私」に喫茶店で別れ際投げかけた言葉。彼女は本心からそれを言っているのですよね。言動は大人びていても、隠すことのできない純真さが「私」と話すときに端々に出ていましたので。
諸師よ、地獄とは何であるか?つらつら考えるに、愛する力を持たぬ苦しみが、それである、と、私はいいたい
「愛」というのは人間の精神的な土台として必要不可欠なものですね。育児本にも赤ちゃんはまず愛情形成から、とあるぐらい。
愛する力がなくなる=人としての土台を失うこと。戦争というのは想像を絶する凄惨さです。
壊された心をもとに戻せるきっかけを作ってくれたのがエズミの思いやりであり、少し見え隠れする表裏のない純真無垢さなのです。
これは13歳という大人とも子どもとも言えない微妙な年頃だからこそ為せる技であり、戦争という人間社会における一番深い闇にのまれてしまった曹長Xは救われるわけですね。
そして冒頭の「私」という設定に戻る、と。うまい設定だ・・・。
そしてここまでのすべてが最後の一文
エズミ、本当の眠気を覚える人間はだね、いいか、元のような、あらゆる機―あらゆるキ―ノ―ウがだ、無傷のままの人間に戻れる可能性を必ず持っているからね。
に集約されるのでございます。
この手紙のシーンは私も心に沁みるものがありました。何回読んでも目頭が熱くなる・・・。
さいごに
ナイン・ストーリーズのなかでも今のところ1、2を争うぐらい好きなこのお話。
他の方はどうなんだろうとレビューサイトを見てみると、結構好きって方多くて嬉しかったです(誰目線?)
ストーリーのメリハリや登場人物の作り込みが秀逸。作者本人の体験に近しいからでしょうか。
また次のお話もぼちぼちと。
ではでは。