数年前アニメ作品でサリンジャーを知り、気にはなっていましたが、なんやかんや後回しに。ようやくアラサーになったこのタイミングで読むことができました
逆にこのタイミングで読めて良かったかもしれません。
当時の人生経験皆無のおこちゃまだった自分が読んでも、絶対何が面白いのかわからないままブックオフへ売られていったことでしょう。
仕事をしては辞め、結婚して、子どもを産んで。ある程度の社会経験を積んだ今だからこそひっかかりを感じる部分が多々あり、正解のない話になるのでひたすら読んでは考え・・・としばらく使わなかった脳筋を必死こいて動かしています。
最初の「バナナフィッシュにうってつけの日」は自分の解釈がまとめきれていないので後回しにして、2作目のお話から感想を綴っていきます。
概要
大まかなあらすじとしては
旧知の仲である主婦二人がひたすら思い出話に花を咲かせるお話・・・だけかと思いきやそれだけには留まらず。
終盤のエロイーズの行動がこの物語の肝でしょうね。
ラモーナの部屋で涙を流しながらメガネに頬ずりし、レンズ下に置き直すという・・・意味あるのかないのか良くわからないこのシーンが絶妙。
同じ子を持つ女性として共感してしまう部分も。
エロイーズという女性
作中のエロイーズとメアリのやりとりから二人の関係は学生時代の友人です。しかしエロイーズが二時間約束に遅刻したメアリを呆れつつも部屋へ通してあげるところや、メアリも自身の用事をキャンセルしてまでエロイーズに遅くまで付き合うなど浅い付き合いの友人ではなさそうです。
そんなふたりが昔話に花を咲かせるわけですが、ここで元彼ウォルトの話になり、あんなことやこんなことがあったと出来事を振り返ります。
タイトルのひょこひょこおじさんはここで出てきます。(コネティカットはエロイーズの住んでいる地域の名前です)昔エロイーズが、発車しそうなバスを追いかけて転び、足首をくじいたところを当時一緒にいた彼氏ウォルトに「かわいそうなひょこひょこおじさん」とからかわれます。アンクル(叔父と足首)をかけた巧妙い言い回し。そんなウォルトに関してエロイーズはこのように言います。
ウォルトはね、(略)話してるときがそうなんだな。電話でも手紙の中でもそうなんだ。何よりもよかったのはね、あの子は意識しておかしくしないんだよ―あの子はそのものがおかしいんだ。
意図して面白いことを言ってないからこそおもしろい、あの子の存在そのものがおもしろい。ここまで言わせる人間性。魅力的な元彼だったのでしょうね。
実際思い出しながら笑いがこみ上げてくるエロイーズ。
一方、今の生活にはいろいろと溜まっているものがありそうです。娘ラモーナに対しては「ちゃんとしなさい」「なんでこんなことするの?」と厳しい口調。ラモーナもお客さんの前で鼻くそをほじったり、キスをせがむメアリを拒否したりと親としてはすこーし困ってしまうような子どもですね(苦笑)
そしてエロイーズの住んでいる地域には子どもがあまりいない、それどころか「実りのエロイーズ」と陰口をいわれ・・・母親として、想像すると頭が痛いです。
その中での過去のウォルトとの思い出は輝いていて心の支えなのでしょう。しかも交際中にウォルトは事故で亡くなってますので一層。
そのせいもあってか特に現夫ルーには結構辛辣。完全にウォルトとのことを割り切れていないからですね。メアリが「ルーにウォルトとのことを話さないのか」と真剣に聞かれるほどウォルトとの日々はエロイーズになくてはならないこと(少なくとも現夫には話しておくべき事情)のようですが。
これがまた男女のややこしいところだと思うのですが、エロイーズがルーにウォルトのことを話そうとしたところ真っ先に「その男の階級は?」と聞かれたといいます。
ルーの立場になってみれば過去の男より自分が勝っていると思いたいですよね。エロイーズがそういうつもりで話していないにしてもやっぱり嫉妬心は芽生えるもの。
亭主というものは、あんたのことを、男の子のそばへ寄られただけでもむかむかして、ほんとに吐きだしちまう女なんだと、そんな風に考えたがるものなんだ
(略)そりゃ話す分にはいいさ。でも正直に話したらだめ。
過去に付き合っていた男の話をしてもいいが、最終的には今の亭主を一番に持ってこなくてはならない。こういうところに気を使わなければならないのがエロイーズには煩わしい訳です。ウォルトに関しては順位付けできるような立ち位置になく、エロイーズのなかで亡霊のようにくすぶっているだけなのですが、それをマウントから入ろうとするルーに理解させるのは骨が折れそうです。
このようにお互いのすれ違いからエロイーズはルーのことを「低能」呼ばわりします。
エロイーズがルーのことを散々いうので、じゃあなぜ結婚したのとメアリは訊ねます。
あの人ジェーン・オースティンが大好きだって、あたしにそう言ったんだ。ところが結婚してみたら、ジェーン・オースティンなんて一冊も読んでやしない。
ルーは好きな女性を口説き落としたくて適当なことを言ってしまったわけです。第三者からみれば大したことない話ですが、当人にとったら大問題なんてことありますよね。
ルーは全然別の作家が好きだったわけですがそこに対してもエロイーズは突っ込みます。
アラスカで餓死した四人の男のことを書いた本があるんだって。ルーはその本の名前も覚えちゃいないんだけど、あんなによく書けてる本は読んだことがないっていうの。おふざけないでよ!正直に言ったらいいじゃないか(略)気に入ったんだって。それをあの人はよく書けてるなんて言わないと気がすまないんだからね。
好きなら好きってそのまま素直にいえばいいのに言い方がいちいち気に食わない。頭のいい人、気位の高い人あるあるかもしれません。なぜだか上から目線で話すなんてことありますよね。
ルーみたいな旦那さんを悪に仕立てる話なのかというとそうではないんです。ルーに対してはメアリは擁護するようなこともいってますし、夫としては大きなトラブルもなく、家はメイドを雇えるくらい稼いでくれているわけですから。ひどい夫の部類には入りません。ただ、ウォルトがエロイーズの心の中にくすぶっている限り、ルーとの関係は悪くなる一方だと見当がつきます。
女は過去の男は上書き保存なんて言いますが、これは上書き保存できなかった。そうなったときの抱える闇の大きさは中々のモンですね。
後半ルーとやり取りのする場面もありますが、
仕事終わりのルーを迎えに行く予定をすっぽかした挙げ句に、この雪の中隊列でも組んで帰ってきたら?煽るような事を言ってます。
更にその後メイドのグレースが亭主を一晩泊めてほしいというお願いを、うちはホテルじゃないと拒否します。
夫婦関係ひいては家族が破綻しかかっているような、そんな不穏な空気・・・。
過去の輝かしい思い出のために、現在の生活が荒んでみえる。今のエロイーズの心境はこんなところでしょうか。
過去からの脱却
ここでエロイーズの娘ラモーナの話に移ります。ラモーナには空想上の彼氏ジミーがいます。どこに行くにも一緒で、寝るときもジミーのためにベッドの真ん中を空けて寝ています。ラブラブですね、羨ましいゾ。
物語の終盤そんなジミーが車にひかれて死んだとラモーナがいいます。
ジミーの死んだ晩、エロイーズは自分の部屋で寝ているラモーナじーっと見ていたかと思うとそのまま起こそうとします。そして起きたラモーナに対し、ジミーは死んだのにどうしてまたベッドの端で寝るのかと訪ねます。
エロイーズはラモーナに「熱っぽいから早く寝なさい」と言っていましたが。すやすや寝ている子どもを起こしてまでエロイーズの知りたかった真意はなんなのでしょうか。
ラモーナはこう答えるわけです。
だって、ミッキーが痛くすると困るんだもん
そうです、ラモーナはジミーが死んでそうそうにミッキーという新しい空想彼氏を作ったのです。
これは、ウォルトが死んでルーと結婚したエロイーズを表しているようですね。
エロイーズは悲鳴に近い声でベッドの真ん中で寝なさいとラモーナを引きずります。
まだ自分の心の中で元彼が苦悩の種となっていて折り合いをつけられないエロイーズとすんなり次のお相手とベッドで仲良く寝るラモーナ。
娘はこうできているのに自分はどうして・・・という不甲斐なさでしょうか。
さあおやすみなさいといって電灯を消してからもエロイーズはしばらく立ち尽くします。そしてラモーナの眼鏡を手に取り、両手で握りしめて涙を流しながら固く頬に押し当てるのです。そしてかわいそうなひょこひょこおじさんとつぶやきます。そして元々のつるが下に置かれていた眼鏡を今度はレンズを下にして戻すのです。
この場面が何だかすごく切ない。
なぜエロイーズはこんな行動を取ったのでしょうね。
なぜ眼鏡なのかという部分は説明が難しいのですが、ひょこひょこおじさんという単語が出たので直感的に眼鏡はジミーと付き合っていたときのラモーナひいては過去のエロイーズ(つまりウォルトと付き合っていたときのエロイーズ)を示していると感じました。
楽しかった、充実していた過去の記憶・経験。今の生活とは切り離さなければとエロイーズはずっと葛藤してきました。それなのにすんなり次の彼氏を作ったラモーナを見て過去の自分に過去のラモーナを重ねてかわいそうだと思ったと同時に今のラモーナと比較して過去に囚われた自分がいることを悟るわけです。
眼鏡の置き方としてはつるを下に置くのが普通で、レンズを下に置こうとは思いませんよね。子どものラモーナは過去を払拭しもう次に進んでいるのに、親であるエロイーズの心は過去のまま。子どもより子どもじゃないか。そう思い、レンズを下に向けたのかなと解釈しました。敢えて不完全に眼鏡を置いたのかなと。
そしてラモーナの毛布をかけ直してあげた際にラモーナが泣いていることに気づきます。
ラモーナも簡単にジミーを割り切ったわけではなく、彼女もまた短い間に葛藤がありミッキーという彼氏をつくったのです。
それを感じ取ったのか、エロイーズはラモーナの髪をかきあげ、口づけをして部屋を出ます。
そして今度は寝ていたメアリを起こして、過去に先輩から嫌味を言われたことを持ち出し、
あたし、いい子だったよね?
と尋ねます。
眼鏡(つまり過去の自分)に「かわいそうなひょこひょこおじさん」と涙をながして哀れんでいたこと、いい子「だった」よね?と過去形でメアリにすがりついていた事実をみるに、ようやく過去と決別しようとまではいかなくとも自分ってこんなに苦しんでいたのか、ウォルトが死んだのは過去のことなのにずっと悲しかったんだ、引きずってたんだと「自覚」するわけです。
心の底から好きだったパートナーが突然この世からいなくなる。そんな相手をすっぱり割り切れる日は一生来ないと思います。ラモーナも結局は泣いていたように。JPOP風にいうと「胸に抱えたまま前へ向かって歩こうよ」的な。最後にメアリに対して弱みを見せたこと、これはエロイーズの中での前進なんです。
ここで物語は終わるのでその後エロイーズたちがどうなったのかはわかりません。
ですが、このエロイーズの「気づき」が幸せに向かう一歩だといいなと思います。
さいごに
今回、女性としてすごーく共感できるお話でした。なので最初に感想を書きたかったんですよね。
しかし難しい!ただ読むだけではスルーして終わりです。ん?と思うところがあったのでいろいろ深読みしましたが。
これだけの要素を会話劇のみで表現するのだから、いやはやサリンジャーって恐ろしい・・・。
そして自分の作文能力には不安多々ありなので意味わからんわ!なってしまったらすみません。自分の備忘録も兼ねてるので許してください。
次もナイン・ストーリーズの感想を書ければと思っております。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
《2023.8》読みづらかったので、ところどころ文章の修正